サーミの日とトナカイのレース

2月6日はサーミの日(Sámi National Day)です。ノルウェーではこの日はサーミの旗を掲げ、その文化に敬意を払いお祝いをします。

北欧圏にはサーミ(Sápmi)と呼ばれる先住民族の人々が暮らしています。現在ではほとんどの人々が定住生活をしているそうですが、元々は自然と共に生きる狩猟放牧民で、今でも一部の人々はトナカイの放牧に従事しています。ノルウェーのサーミ民族人口は4万人ほどだそうです。

北極圏のトナカイ

ちなみに、スウェーデンに住んでいるときに当時の同僚から聞いた話では、トナカイの放牧はサーミ民族にのみ認められているのだとか。ノルウェーではどうなのかわかりませんが、こちらでもやはりトナカイといえばサーミ民族という印象はあるようで、おそらく似たような状況なのではないかと思います(時間ができたらきちんと調べます)。

さて、そんなサーミ民族ですが、他の多くの先住民族同様に、彼らもまた長い迫害と蔑視の歴史を持っています。そのような中で、彼らの民族議会が始めて開催されたのが1917年の2月6日から9日までの4日間でした。

現在ではこの初の議会開催を記念して2月6日をSámi National Day(1992年に制定)として国を問わずすべてのサーミの人々のための日として祝うことになっています。

以前暮らしていたスウェーデンの街でも、サーミの文化は生活の中で日常的に触れていました(近所にトナカイ牧場やサーミの博物館があったり、教会の意匠にサーミのデザインが取り込まれていたり)が、今暮らしているノルウェーの街の方がより明示的にサーミ文化を尊重している印象があります。まあ、街の規模や観光地としての度合いの違いもあるのでしょうが…。

ノルウェー第二の都市と呼ばれ、観光地としても有名なトロムソ(Tromsø)では毎年この2月6日を含む週をSami weekとしてサーミ民族に関する様々な催しが行われているそうです。

中でも最終日である日曜日には”Norwegian Championships in Reindeer racing”なるトナカイのレースが催されます。

ノルウェーにも今後ずっと住むわけでもないだろうし、週末ということもあって、こういう機会は逃すべきではないと決断。遠出ではありましたがトナカイレースの観戦とサーミ文化の体験に遥々”北欧のパリ”ことトロムソの中心街まで足を伸ばしてきました。

ところでえ、実はこれまでトナカイはおとなしくて穏やかな生き物なのだという印象を持っていました。これはおそらく幼い頃に見たクリスマス映画や読んだ絵本に登場するトナカイの描かれ方や、『赤鼻のトナカイ』のルドルフの引っ込み思案そうな性格などから私の中で無意識に作られた先入観なのでしょうけれど。

加えてスウェーデン在住時によく見かけたトナカイたちの様子が上記の印象からそれほど外れたものではなかったことも、その印象を補強していたのだと思います。

スウェーデン在住時 職場の駐車場でくつろぐトナカイたち

スウェーデンでは、今よりも田舎に暮らしていたので、夏のバケーション期間になると、車通りの少なくなる職場の駐車場にトナカイたちが訪れてはゆったりと草を食んだり、日光浴したり、あるいは日差しを避けて涼んだりしていました。

ともかく、そんな”穏やかでのんびりした性格”という私のトナカイたちへの印象は今回のトナカイレース見学で一新されました。

レースに出場するトナカイたちの入場

トナカイレースは想像以上の迫力で、入場時から先導する体格のいいサーミの大人たちを振り回しつつ、荒々しさをみせていました。

レースは、雪が敷かれた街の中心部のメインストリート(この日はレースのために近隣の道は交通規制が敷かれます)で行われます。ちょうどこの日の直前1週間ほど雪が降らなかったそうなので、雪を持ってきてコースを設営したのだとか。

道幅がそれほど広いわけではないので、一度に走るのは2頭まで(そもそも参加頭数もそれほど多いわけではないので…確か8頭だったか10頭だったか…)で勝ち上がり戦になります。

トナカイレースでは、一頭に一人の騎手がつきますが、競馬などと異なるのは、騎手はトナカイの背にまたがるのではなく、スキーを履いて後ろから牽かれる点です。イメージとしてはトナカイ橇のような感じですね。まさに雪深い土地ならではというところです。

ちなみに実際のレースのダイジェストがこちら。

雪の上でもトナカイたちは相当な速度で駆けていきます。今回騎手は皆年若い青年たちでしたが、相当の熟練者でないと彼らの操者は務まりそうにありません。同時に体力の消耗もすごいでしょうから、若くないと厳しいのかもしれません。

詳しい測定条件は分かりませんが、トナカイの走行速度は80km/hほどまでスピードで達するという話を聞いたことがあります。競走馬として訓練を受けたサラブレッドが60-70km/h(騎手を乗せた状態ですが)とのことですから、かなりの高速です。

とりあえず、子供の頃にこのようなレースを見ていたら、おそらくサンタクロースに対する印象もだいぶ異なっていたことでしょう。子供たちに無償でプレゼントを配る優しいおじいさんではなく、力強いトナカイを御して、彼らに牽かれ高速で暴れる橇を見事に乗りこなす屈強な熟練の橇乗り。むしろ、尊敬していたかもしれない。

もちろん今回目にしたトナカイたちはレースに出場するくらいの選りすぐりの個体であるというバイアスは忘れてはなりませんが…。

ただ、先日鑑賞する機会のあった”By Sledge and Reindeer in Inka Länta’s Winterland“というサーミの生活を描いたスウェーデンの無声映画でもトナカイたちが乗り手のサーミの男たちを翻弄している場面がありましたので、トナカイ達はただただのんびりおとなしい性格の生き物というわけではないのかもしれませんね。


*第一回目のサーミ議会での議題の一つにもなっていた彼らの言語サーミ語は現在ノルウェーでは公用語の一つに制定されおり、ノルウェー語とサーミ語の併記が推奨される場面も少なくありません。

*ノルウェーではSea Sámiと呼ばれる海を中心とした生活を営む人々もいるそうで、移住前に一度下見で訪れた際にボスに連れられた美術館ではSea Sáminの芸術家による展示がされていました。